デヴィ夫人ことデヴィ・スカルノと娘カリナは仲が悪かったのはなぜ?

自分というものを持っているデヴィ夫人ことデヴィ・スカルノさんは、

知ってる方も多いですが、インドネシアのスカルノ元大統領の奥様だった人です。

デヴィ夫人

元大統領の話はTVでも話すことがありますが、

お子さんがいらっしゃるの知ってましたか?

噂によると仲があまり良くなかったとか・・・・。

気になったので調べてみました。

 

「プロフィール」

本名 ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ(Ratna Sari Dewi Sukarno)
根本 七保子(ネモト ナオコ)※日本名の旧姓です。

生年月日 1940年2月6日

出身 東京都

国籍 インドネシア

 

考えたこともなかったですが、国籍ってインドネシアなんですね!

まぁ、当たり前といえばそうなんですけど(笑)ってことは、

日本でのタレント活動はビザとかいるんですかね!?

それとも、もともと日本人で、日本国籍があった場合は別なんですかね??

 

「若い頃のデヴィ夫人がキレイでヤバイ!」

今でもキレイなお顔をしてるので、

若い頃もキレイだったんだろうなと想像はしてましたが、

まさかこんなにキレイだったとは思ってませんでした!!

 

デヴィ夫人の若い頃

 

どうですか?めっちゃキレイじゃないですか!?

大統領が見初めるのも納得ですよねー。

 

しかし、若い頃は華やかさとはかけ離れた生活をしていました。

実家が貧しかったこともあって、仕事をかけもちしたり、

父親が亡くなった後は家計を本格的に助けるために高級クラブに勤めたそうです。

まぁそこでスカルノ元大統領と出会ったんですから、結果オーライって感じですかね!?

 

「娘カリナとの仲が悪くなったキッカケ」

 

これは多分、いろいろな誤解が合わさって、

親子の関係にヒビが入ってしまったのではないかな?と思います。

スカルノ大統領からスハルト大統領に代わった理由は、

インドネシアの軍事クーデターにあります。

日本でカリナさんを出産後、フランスにデヴィ夫人とカリナさんは亡命するんですが、

やっぱり、子供を育てて生活してくのって、何かとお金がかかるじゃないですか。

 

もしデヴィ夫人が一般的な生活をしていればそんなにかからなかったのかもしれませんが、

上流階級でも通用するようにするというのが、デヴィ夫人の教育方針だったんです。

 

そのためにはお金が必要だというわけで、

カリナさんが11歳のときに、デヴィ夫人のみインドネシアに戻ってきます。

スカルノ元大統領の遺産をわけてもらおうと思ってのことだったんですが、

政府だってそんな簡単に渡しません!

 

なので、インドネシアで財産をもらえるまで移り住むことを決めるんですが、

やはり情勢は不安定なままですし、そこで我が子を育てるのは不安だということで、

パリに残してきたそうなんです。カリナさんが11歳のときでした。

ふたりの仲が悪くなったキッカケは、↑のことがキッカケだと言われています。

11歳といえば、多感なお年頃といってもいいですから、

母親であるデヴィ夫人に見捨てられたと思ったのかもしれません。

 

そして、成長したカリナさんが選んだ大学は、アメリカの大学でした。

その頃には財産も取り戻したので、娘と一緒にアメリカに住もうと思ったのですが、

カリナさん本人に断れてしまいました。

 

「今でもふたりは仲が悪いのか!?」

 

現在のデヴィ夫人とカリナさんですが、一時期の冷戦状態よりは良くなっているそうです。

理由はカリナさんの出産にあります!

カリナさんは、2005年アメリカの超エリートと言われる職業の方と結婚しています。

そしてその後、デヴィ夫人の孫にあたる、キラン君が生まれました。

 

キラン

 

将来はイケメン間違いなしのハンサムボーイです!!

もしかしたら、カリナさんは子供を産んだことで、

母であるデヴィ夫人の子供を想う気持ちに気づいたのかもしれないですね。

 

住んでいる場所が日本とアメリカということで、

頻繁には行き来できないかもしれませんが、

親子の絆を深めていってほしいなと思います。

 

 

では、デヴィ夫人と娘カリナの仲に関する記事は以上です。

読んでいただき、ありがとうございました。

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